10月にあったゴルフ史に残る出来事

2017年10月31日

1860-Open-Championship

一般的には10月はゴルフシーズンの終盤と思われています。ハロウィンの衣装で行うツアーイベントこそまだありませんが、10月には印象的なツアーイベントが開催されます。ここにそのいくつかを紹介いたします。

1860年、最初の全英オープンがスコットランドのエアーシアにあるプレストウィックで開催されました。当時は12ホールのコースで、1日に36ホール(3ラウンド)を回ることで競技が成立しました。

選手は8名のみで、地元のトム・モリス、パースから来たロバート・アンドリュー、ムッセルバラのウィリー・パーク、ブランツヴィルのアレクサンダー・スミスとウィリアム・スティール、プレストウィック聖ニコラスからのチャーリー・ハンター、ブラックヒースからジョージ・ダニエル・ブラウンに、そしてセントアンドリュースからのアンドリュー・ストラスらがいました。

最初の12ホールが終わると、ウィリー・パークが驚異の55で回り3打差でトム・モリスが後に続きました。翌日は異なる組でラウンドし、お互いに59でフィニッシュ。3打差を残したまま最終日を迎えました。初日についた差を埋めるべく、モリスは全身全霊を尽くして逆転を狙いましたがその努力も一歩及ばずパークが逃げ切りました。現在、全英オープンは1年の中でも最大の試合になりましたが、1日競技の形式ではなくなった点について現代の選手は恵まれています。

10月はある個人戦の試合が大きなチーム戦の試合に変わった月でもあります。ライダーカップは1967年10月を境に競技形式が変わりました。テキサス州ヒューストンにあるチャンピオンズゴルフクラブで開催され、アメリカチームの初代キャプテンはベン・ホーガンで有利なホームゲームを選びました。

初日、アメリカは2.5ポイントの差をつけて5.5ポイントを獲得。2日目には最大8ポイントとれるうち7.5ポイントを獲得し13対3で優勢であった。それでも最終日の個人戦、アメリカチームは攻めの手を緩めることなく最終的に23.5対8.5でライダーカップの歴史の中でも最大の勝利を収めた。

不思議なことに全米オープン優勝者でありメジャー7勝のジャック・ニクラウスの名前はチームメンバーのリストにはありませんでした。当時チーム戦に出場するには5年間の実習を積まなければならず、ニクラウスは1961年のシーズンを終えてプロに転向したばかりだったので彼がいればどれほどゲームが優位に運ばれるかは誰もが承知だったが、選ばれることはなかった。